2005年10月10日

修学旅行について  濱中正男先生から

 毎学年異なる場所で異なる内容で実施する、教科の学習に絞り事前事後の学習もしっかり行い、単なる観光の場は設けない、というのが学校の長い伝統でした。今ではこのような修学旅行をしている中学校は希でしょう。こうして、教室での学習成果が校外の自然・文化をよりよく理解する基になることを実地に教えたのです。生徒もこれに応えて、自然の規則性を発見したり、伝統文化を良く理解したりしました。
このころ集めた岩石や美術書を今も保存している人、これを機に自然や文化に関心を寄せるようになった人も在ることでしょう。
 そういえば、あのときこうだった。今考えてみるとあのことはこう解釈できる。我が子の場合と比べるとこうだった。・・・との文を寄せてください。

posted by フラスコ会 at 23:34| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 濱中先生からC 修学旅行について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
木心乾漆造・・・こんな言葉附属中学に通ってなかったら一生知らなかっただろうイラナイ知識の代表です。
なぜかず〜っと私の頭に刻み込まれた全く役に立たない知識なのですが、「そんなこと」を一所懸命覚えたけなげな自分がカワユイです。

修学旅行前の美術の時間に伴先生から習った、仏像の造り方の技法です。

小学校時代から伴先生からはことごとく、作品にケチをつけられてきました。
藤島先生には絶賛され、ちょいと絵には自信のあった私は「なぜこの先生は私の絵にケチをつけるんだろう??」と疑問に感じていましたが、抽象画をこよなく愛する伴先生と、見たままをそっくり描くのが好きな私との違いは子供心にもわかっていたので「ま、いいか」ぐらいでした。

夏休みのプールに、そっくりの伴ジュニア(3歳くらいだったと思う、天然パーマでかわいかった)を連れてきたときには、優しいお父さんだったんだ〜、と感動しました。

だって、いつも不機嫌な顔してたでしょ、子どもにはニコニコ笑って接しているんだもの(当たり前なんだけど)

キバヤシさんも、伴先生の思い出は色々書いていたけれど、遠巻きにしながらも、気になる存在ではありました。

修学旅行の話ではなく、伴先生の話しになってしまいました。
Posted by at 2006年01月13日 22:13
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