2005年10月10日

合唱コンクール  濱中正男先生から

「音楽の先生が許してくれないのです!」と合唱の責任者が訴えてきました。音楽鑑賞歴の長い経験から曲を聴くことには多少自信のあった私は「どれ、その曲を聴かせて」とテープで初めて聴いて良い曲であると納得したので「これなら歌った方がよいね」と生徒と意見が一致しました。結局この曲で第1回の記念すべき合唱コンクールでの優勝学級となり大いに盛り上がりました。これが上村の子守歌であり、今考えてみても生徒の音楽感覚は素晴らしく、希望曲は間違いでなかったと思います。
 そういえば、あのときこうだった。今考えてみるとあのことはこう解釈できる。我が子の場合と比べるとこうだった。・・・との文を寄せてください。

 
posted by フラスコ会 at 23:16| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 濱中先生からA 合唱コンクールについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
合唱コンクールの練習は熱心なリーダーに導かれて練習している内にそれにはまりこんでいました。今から思えば、歌の練習に熱心に取り組み、一所懸命な自分を感じられ、皆と一体感をもてたように思います。高校に入ってからは、選択で音楽をとらなかったこともあり、歌を皆で歌い機会もなくなり、少し残念でした。子供達も合唱には熱心な中学校に通い、課題曲の他に、自由曲の選曲からクラスで揉めながら決め、かなりの完成度で発表までこぎ着けています。やはり、皆をいかにまとめて練習に向かわせるかは、指揮者のリーダーにかかっており、子供達の会話からもその時期は歌の練習のことばかりでした。何かに一生懸命皆で取り組む姿は見ていてすがすがしいです。卒業しても時々その歌を口ずさんでいます。こんなのでどうでしょう?
Posted by yosimura noriko at 2005年10月14日 09:37
どこから曲を探してきたのか、と驚くような選曲であったことは、よく記憶しています。けれども、この歌をコンクールで歌うために、濱中先生の後押しが必要だったとは知りませんでした。
小金井中での合唱コンクールや音楽の授業、3年の学芸会での合唱が、高校での音楽部という選択に繋がったと思います。皆で「心を一つにして」歌う、決まり文句ですが、本当に気持ちの良いものでした。
子どもの中学では、12月に大ホールを借りての音楽会があります。クラスごとの選曲をみると、私たちが「赤い鳥」の曲を選んだように、今風な曲が並んでいます。この中学では、3年ではクラスごとに創作曲を演奏します。
練習の様子を見聞きすると、自分たちの中学時代を思い出します。練習をサボる男の子が、指揮者たちに叱られているとか・・・歌の練習をサボろうとする人はいたのでしょうか?私は気がつきませんでしたが、サボろうとしても、とても許してもらえる雰囲気ではありませんでしたね。
Posted by コーム at 2005年10月14日 11:05
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